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​最新情報

ご挨拶


皆さんこんにちは☀

新生活が始まり、早数か月が経ちました。いかがお過ごしでしょうか?

私自身、今年の4月から、医療系の専門学校に入学し、日々様々なことについて学んでいます。

その中で医療と環境問題は実は密接にかかわっていることを知り、今月のテーマを設定しました。最後まで、読んでくださると嬉しいです(^▽^)/



医療廃棄物とは


医療廃棄物とは、医療関係機関などで医療行為に伴って排出される廃棄物のことを指します。排出される内容物により「感染性廃棄物」と「非感染性廃棄物」に分けられます。


感染性廃棄物…医療関係機関等から生じ、感染するおそれのある病原体が含まれる可能性のある、廃棄物又はこれらのおそれのある廃棄物のこと


例 血のついたガーゼ、注射針など


非感染性廃棄物…血液等は付着していないが、感染性病原体を含むか付着していると思われるもの。


例 点滴ボトル、薬瓶など


医療関係機関などが排出する廃棄物は、排出者が責任を持って適正に処理しなければなりません。ほとんどが使い捨てなので、莫大な量となります。



なぜ使い捨てのものが多いのか?


実は昔は、消毒、滅菌して再利用していたものも多かったのです。例えば、咽頭部の観察に使う舌圧子は、ステンレス製でした。(現在は、木製が主流)

それが、ノロウイルスの流行あたりから、徐々に使い捨てのものが増えてきました。これだけをみるとエコとは正反対の方向にみえますね。しかし、衛生上のことを考えると仕方のないことなのかもしれません。。。



新型コロナウイルスとの関係性


さらに、新型コロナウイルスの流行後、様々な物の出荷量が増加しました。

消毒液、マスク、うがい薬などです。マスクは洗って使うものも多少ありますが、消毒液やうがい薬は、プラスチック製の容器に入っています。これらの容器は衛生の面から使い捨てが標準です。

それに加えて、手袋やおむつやエプロンなども併せて、莫大な量の廃棄となっているのです。


廃棄にコストがかかる!!

事業系一般廃棄物では、45Lのゴミを処分するのに、数百円程度しか掛かりません。

しかし、感染性廃棄物では50Lのポリ容器の処理料金が2500円以上もしてしまいます。

医療施設全体から出る産業廃棄物を考えると、病棟だけでなく外来や手術室、検査室などから出る分、さらに運搬費用なども必要となり、年間では膨大な金額をゴミの処分だけに支払っていることになります。

これは、医療関係機関の収益から支払われ、医療機関からみれば、管理も煩雑な上に膨大な費用を捻出しなくてはなりません。

その結果、医療廃棄物の不法投棄も問題になっています。

廃棄物による感染・汚染から、重大な問題が起こる可能性が大きいため、早急に解決しなくてはいけない問題の一つです。


医療廃棄物のその後

ペットボトルや空き缶は、リサイクルができるため、環境負荷を減らすことができます。しかし、注射針などの感染性廃棄物は、中間処理を経て、埋め立てをされることになっています。つまり、ほとんどがリサイクル不可能なのです。



どうすれば医療廃棄物を減らせるか?


医療廃棄物を減らすために私たちができること・・・それは予防です!!

ウイルスに勝つ力を付けるために、睡眠、食事、運動をしっかりとり、元気な体でいること。もし、病気にかかってしまったとしてもそれ以上「うつさない」ことで医療廃棄物は減らすことができます。


つまり元気でいることが一番のエコなのです!!


また廃棄を出す側の病院の対策は、なんでもポイポイ捨てるのではなく、感染性のあるものとそうでないものはしっかり分別する、無駄なゴミは出さない、なるべく小さくまとめる、薄い紙の箱は破いて細かくするなど、ちょっとした気遣いを行うことで、ゴミを減らす努力を実践することが大切です。



終わりに


以上が、環境的にも、経済的にも、なおかつ私たちの健康にもよい最適解です。各自ができる、医療廃棄物に関わる一番の環境問題解決法は「予防」でした!みなさんも自分のお体を大切にしてくださいね(⌒∇⌒)

最後まで、お読みいただきありがとうございました!


記事作成 小田一葉




(山本 智也 “医療廃棄物の種類と処理方法を解説” 「株式会社 山本清掃」2021/08/02)



(”医療廃棄物とは” 「沖縄県医療廃棄物事業協同組合」)



(環境省)



(”環境問題と医療廃棄物と予防” ハチドリ電力 2020/08/25)


 
 

6月5日に秋堂農村公園で、ゴミ拾いイベントを開催しました!

今年初のゴミ拾いイベントでしたが、10名以上の方にご参加いただき、本当に感謝しています(⌒∇⌒)


2022年のゴミ拾いイベントは、まだまだ実施致しますので、興味のある方はぜひご参加ください✨

お待ちしております。


記事作成 小田一葉


 
 

徐々に日照時間が延び、ほのかに色づいた紫陽花が梅雨の訪れを予感させる今日この頃。

皆さんはいかがお過ごしだろうか。

今月は江戸のリサイクルについて解説してみたいと思う。


なぜ江戸なのか

江戸は当時、北京に並ぶ世界最大規模の都市であった。その人口は1837年には128万人にも達したと言われており、次いで人口が多かったロンドンの85万人より43万人も多くの人々が暮らしていたことになる。人口密度は、現代の東京よりも高く、1キロ平方あたり3万人も居た計算になるのだとか…。

だからと言って人々が窮屈で不自由な暮らしをしていたかと言われたらそういうわけではない。江戸人たちは錦絵や文学に親しみ、新鮮な魚介や地産の野菜に舌鼓を打った。大食い大会を開催したり、1日に何度も風呂に入ったりと、消費的な娯楽も生まれ、人々は大いに楽しんでいた。また、火事などの災害にあった後はとてつもない速度で都市を復興できる生産性を持ち、当時のオランダ商人の手記にその驚きが書かれている。そんな巨大で豊かな都市であるにも関わらず、江戸は今日の世界から見ると、持続可能な社会が形作られていたのだ。その理由は様々あるが、鎖国という状況の中、国内の乏しい資源を社会規模でリサイクルする仕組みが作られていたことがその一端をになっていたのだろうと私は思う。この記事では紙ゴミと浅草紙から江戸に栄えた持続可能性の一部を覗いてみたい。




「江戸絵図」(江戸は八百八町と言われたが、最終的には1600町を超えた)


江戸の紙ゴミ

まず、今日からすると興味深いことではあるが、江戸で紙ゴミが落ちていても拾ってはいけなかったと言われている。それは、紙ゴミを専門に拾い集めて生業とする「給集人」という人々が存在しており、紙ゴミを拾うことは彼らの収入を奪うことを意味したのだ。また、落ちている紙だけでなく、家で出た紙ゴミも「屑紙買い」という人々がお金を出して買い取っていた。屑紙買いは毎日のように街を回り、目方で紙の値を決めていた。なんと買い取る紙は使った後の鼻紙にも及んだという。彼らは集めた紙を立場と呼ばれる紙屑問屋に売って生計を立てていた。なぜ、紙ゴミがお金を介して取引される資源となったのだろうか。それは当時の紙作りの技術とリサイクルを可能にする仕組みにあった。



「四時交加」(左下のトングのようなものを持っている人が屑紙買い)


和紙のリサイクルと楮

当時、和紙の素材の80%近くを占めていたのは楮(こうぞ)という植物であった。少し余談ではあるが、洋紙の素材として使われるパルプなどの木と違い、楮は一年で更新できる農業作物だったため、大量生産は難しいものの、持続可能性という意味では理にかなっていたのだ。和紙は楮の長くて丈夫な繊維を水で漉き、乾かして作られていた。この楮の繊維の頑丈さが、和紙を漉き返してリサイクルすることが可能な資源にしていたのである。また、江戸人たちは紙がいくらリサイクルできたとしても、とても大切に扱ったとされる。文字書きの練習は紙が真っ黒になるまで行っていたと言われているし、紙ゴミを屑紙買いたちに売るのはちょっとしたお小遣い稼ぎとしても有効だったのだろう。和紙のリサイクルと楮について説明したところで、次はリサイクルによって作られていた浅草紙について解説する。





        

                   「造紙説」(楮を刈る様子と紙漉をする人)


浅草紙

現在でいう再生紙に近いもので、黒や灰色のものは主に鼻紙や落とし紙(トイレットペーパー)として、石灰で白くしたものは本の表紙などとして使われていた。

庶民が日常的に使う紙として親しまれており、名の由来は屑紙を浅草で漉き返して生産していたためである。そ

の生産高は、毎年十万両にも及んだといわれており、浅草の名産品であった。実は私たちがよく口にしている黒くて四角い乾燥海苔のルーツは、紙漉き技術の応用だと言われている。江戸の名産である「浅草海苔」に浅草の名がついたのもこれに由来した。また、当時の京都では西洞院紙、大阪では湊紙など江戸以外でも再生紙が生産されており、和紙の再生は全国的に主要な産業の一つだったのだろう。少し早足で進んでしまったが、以上で江戸時代の和紙のリサイクルの解説を終了とする。



「商牌雜集」(浅草海苔所 山形屋惣八の商標)


江戸に何を見出せるか

私が江戸に目を向けるようになったのは、江戸の持続可能性に惹かれたからである。鎖国の中、国内の乏しい資源を有効に、そして持続可能な形で活用して、江戸時代の人々は豊かで華々しく、それでいてどこか素朴な文化を築いていた。トイレの肥溜めは農民たちが買い取り、豊かな野菜を作るために土地へ還元していた。稲作で発生する不要な資源であった藁に利用価値を見出し、雨具や川葺屋根を作って生活の糧とした。陶器である瀬戸物焼も何度も修理して使い続け、瀬戸物屋が売れずに困っていたくらいであったという。そして、屑紙すらも莫大な利益を生む浅草紙へと作り替えてしまった。江戸時代の人々の知恵や創意工夫には、科学技術が発達した現代人の我々ですら、驚かされるものが多々ある。数多くの環境問題・社会問題を抱える私たちが、江戸から見習うべきことは実に多くあるだろう。特に廃棄物や不要資源など、あらゆるものに価値を見出す視点や精神性、そこに付け加えた遊び心は今後、私たちが目指すサスティナブルな社会を実現する上で必要不可欠なものではないかと私は考えている。では、また機会があれば江戸と環境問題について書いてみようと思う。

それまで皆さん、お元気で。


記事制作者 松田 龍之介




画像引用元


・国立国会図書館デジタルコレクション(​​​​国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp

創紙説


参考文献


出典:田中優子 石川英輔(2002年3月15日)『大江戸生活体験事情』講談社


出典:西田知己(2018年8月28日)『実は科学的!? 江戸時代の生活百景』東京堂出版


出典:駒形どぜう 六代目 越後屋助七(2019年7月25日)『江戸文化いろはにほへとーー粋と芸と食と俗を知る愉しみ』亜紀書房



出典:蟻川トモ子(2017年1月24日)『江戸の魚食文化ー川柳を通してー』雄山閣アーカイブス


参考サイトリンク


・江戸−東京都総務局


 
 
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