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「ポイ捨て」問題を考える

はじめに


 突然ですが、みなさんは道を歩いていてゴミを見かけたことはありませんか? 

 私(筆者)自身はたばこの吸い殻やペットボトルを頻繁に見かけますし、おそらくほとんどの方は見たことがあるでしょう。道にゴミが落ちている状況は多くの人にとっては当たり前で、道に落ちたゴミは日常の風景に溶け込んでいるような気さえします。

 でも、よく考えてみたらこの状況って大分不思議じゃありませんか。

 だってゴミは意思を持たないモノですから、魔法のように突然道路に出現したり、自らゴミ箱から飛び出してそこに移動したりすることは普通に考えればありえません。それなのに道にゴミが落ちているということは、「何か」がその場所までゴミを運んでいるわけです。その「何か」には様々なもの(例えば、風や雨といった自然現象や野生動物など)が考えられますが、1つに私たちの「ポイ捨て」行為があげられます。ポイ捨てをすることによって、道にゴミが落ちている状況が生まれるということですね。

 他方、日本においてポイ捨ては「廃棄物の処理及び清掃に関する法律(第16条、第25条第14号、第32条第1号)」「軽犯罪法(第1条第27号)」「道路法(第43条第1・2号)」など複数の法律で禁止されている行為で、懲役や罰金などの罰則も規定されています。

 それなのに、なぜ「ポイ捨て」という行為は無くならないのでしょうか。どうして「ポイ捨てゴミ」は常に観察されるのでしょうか。

 前置きが大分長くなりましたが、この記事では主に社会学の考え方を用いながら(一部、心理学の考え方も使っています)、私なりに「ポイ捨てが無くならない理由」を考察しています。初めて耳にするような言葉も登場すると思いますが、分かりやすく説明するよう心がけているので、最後までお付き合いいただけると幸いです。



「社会」を考える学問


 そもそも社会学とは何でしょうか。「学」と付いていることから、学問の1つであることは推測できそうですね。数学だったら「数」、心理学であれば「私たちの心の動き=心理」を扱う学問であるように、社会学は「社会」について考える学問です。もう少し正確にいうと、私たちが生きる社会全体のことだけではなく、私たちの「行為」や身の回りの様々な「現象」も研究の対象となっています。社会学が生まれたのは19世紀初頭と比較的最近ではありますが、既に様々な考え方や理論が誕生しています。

 ここから先は、イギリスの社会学者であるアンソニー・ギデンズが提唱した「構造化理論」を取り上げながら、私たちの「ポイ捨て行為」、さらには「道にポイ捨てゴミが落ちている現象」を分析していきます。



「構造化理論」の話


 ギデンズは、私たちの行為における意図せざる結果に注目しました。「意図せざる結果」とは、私たちの行為が意図する結果「以外」にもたらされる結果のことです。

 例えば、部屋の温度を下げるために冷房をつけたら風邪を引いてしまったとしましょう。このとき、冷房をつけるという「行為」によって2つの「結果」が生じています。1つは、部屋の温度が下がること。この結果は意図したもの(部屋の温度を下げる目的で冷房をつけていますよね!)であるため「意図した結果」と呼ばれます。もう1つの結果は、風邪を引くことです。普通、風邪を引くために冷房はつけないので、これは本来意図した結果ではありません。こうした私たちの意図・目的・想定と異なる結果のことは「意図せざる結果」と呼ばれます。


 「意図せざる結果」は私たちの行為一般について想定できるもの、つまり、どのような行為も「意図せざる結果」を生み出していると言われています。ここで1つ重要なのは、意図せざる結果は私たちの行為そのものが生み出すのではなくて、様々な環境や背景によって生まれることです。そのため、意図せざる結果を考える上では、その人が「どのような条件(環境や背景)の下で行為を選択したか」も考える必要があります。この「条件」に関してギデンズは、私たちの行為が生み出す意図せざる結果が、意図せざる結果を生み出す条件に等しいか、少なくともその条件の一部を形成する場合について深く考えました。このことをもう少し詳しく説明しましょう。

 「ある条件」(条件Aとしましょう)の下に行われた行為が、何らかの「意図せざる結果」を生み出すとします。この結果が「条件A」と同じか「条件A」の一部である場合、同じような「意図せざる結果」が生まれてしまいます。これは「条件A」のことですから、行為を行うとまたしても「意図せざる結果」が生まれます。というように、「意図せざる結果」が行為の「条件」となり、ある行為を行うたびに同じような「意図せざる結果」が生まれ続けるという、いわばループ現象が観察されることになるわけです。


 ギデンズは「行為を巡る様々な条件(環境や背景)」と「意図せざる結果」をまとめて「構造」と名付けました。この「構造」はそれ自身で存在することは決してなく、行為をする私たち(主体といいます)と行為があって、はじめて存在が確認できるものだといいます。

 ここまで、ギデンズの考えを順を追って説明してきました。少し複雑になってしまったので、一度内容をまとめましょう。最初に説明したように、私たちの「行為」は意図した結果以外に「意図せざる結果」を生み出しています。それが、最初の行為と同じ「条件」(もしくは、条件の一部)となることで、またしても同じような「意図せざる結果」が生まれてしまいます。このような「行為と結果」「主体と構造」の循環構造の関係性が一般的に成り立っていることを主張する考え方こそが、ギデンズの提唱した「構造化理論」なのです。

 ここからは、ポイ捨てに関するアンケートとこれまでに見てきた「構造化理論」から、ポイ捨てが無くならない理由を考えてみることにします。



アンケートと「構造化理論」


 株式会社NEXERがとったアンケート(回答者総数は1890人)によると、直近一年以内に「ポイ捨て」をしたことがあると答えた人は8.9%(161人)で、ポイ捨てをする理由を尋ねた設問には「ゴミを捨てる場所がない」「ゴミが手元にあるのがいやだから」といった回答が寄せられました。ここから分かるのは、個人によってポイ捨てをする理由は異なるということです。それぞれが別の意図をもってポイ捨てという行為を選択していることが窺えます。

 アンケートでは、一年以内にポイ捨てをしたと答えた人に「街中や山・川の中などにゴミがポイ捨てされている状況に対してどう思いますか」という質問もしています。そこでは、なんと80.7%もの人が「不快である」と回答しています。要するに、ポイ捨てをする人たちの大半は「自らの行為がポイ捨てゴミのある環境を生み出している」にも関わらず、それを快く思っていないということです。


 ちょっと脱線しますが、精神分析の大家であるフロイトが提唱したものに快感原則があります。この原則は、「『不快を避け、快を得ることを目標とする』人間の心的反応形式 *1」のことで、私たちは心理的に不快に感じることを避ける傾向があるといいます。この考え方に従えば、不快だと感じること(ポイ捨てゴミが落ちている環境)のために、わざわざポイ捨てなどするはずがありません。言い換えれば、「ポイ捨て(行為)」によって生まれる「ゴミが落ちている環境(結果)」は、ポイ捨てをする人の意図するものではないということです。私たちのどんな行為も意図した結果以外に「意図せざる結果」を生みだすこと【前章参照】を鑑みると、ゴミが落ちている環境が生まれることはポイ捨て行為の「意図せざる結果」だといえるのではないでしょうか。

 また、先のアンケートでは、ポイ捨てをする理由に「すでにゴミが散らばっていたから」と答えている人(人たち)もいました。この人たちは、ゴミが散らばっているという「条件」のもとで「ポイ捨て」という行為を選択しているといえるでしょう。


*1:梅内幸信, 2012, 「快感原則と現実原則の彼岸へ」, 地域政策科学研究, 9:84, (https://core.ac.uk/download/pdf/144561848.pdf).



ポイ捨てが無くならない理由


 ここまで、主にギデンズの「構造化理論」からポイ捨て問題について考えてきました。分析から見えてきたのは、以下の3点です。


 ここに挙げた3点を一連の流れとして捉えてみましょう。まず、誰かが何らかの意図によって「ポイ捨て」を行います。すると、ポイ捨ての「意図せざる結果」として、図らずも「ゴミが落ちている環境」が生まれてしまいます【Point1】。この環境は、一部の人(ゴミが散らばっている環境で「ポイ捨て」を行う人たち)の行為の「条件」に合致するので、彼らのポイ捨て行為を誘発することになります【Point2】。この人が実際に「ポイ捨て」を行うと、またしても「ゴミが落ちている環境」が生まれるわけですよね。それがまたポイ捨ての「条件」になり、ポイ捨て(行為)が行われ、ポイ捨てゴミが落ちている環境(意図せざる結果)を生むことになる【Point3】、というように「ポイ捨て」と「ゴミが落ちている環境」が常時観察されることになるのです。

 もちろん、道にポイ捨てゴミがあるからといって全員がポイ捨てをするわけでありません。しかし、ポイ捨てゴミのある環境によって「ポイ捨て」をしてしまう人がいることも、また事実なのです。これこそが、初めに立てた2つの問い ーなぜ「ポイ捨て」という行為は無くならないのか・どうして「ポイ捨てゴミ」は常に観察されるのかー に対する私なりの考えです。ギデンズの「構造化理論」を用いることで、ポイ捨てゴミ問題に隠された「行為と結果の連鎖性」が見えてきたのではないでしょうか。



おわりに


 今回は、先人の叡智をお借りして「ポイ捨てゴミ問題」について分析していきました。

 この問題に限らず、様々な問題や課題の解決を目指すにあたっては「そもそもなぜ問題が発生するのか」「どうしてそれは『問題』なのか」というように問題自体を様々な角度から見つめてみることが重要だと思います。

 みなさんも、身近な問題や興味のある課題について、考えてみてはいかがでしょうか。

 きっと、問題解決の糸口が見えてくるはずです。



参考文献


〇井上俊・上野千鶴子・数土直紀 他, 1997, 「現代社会学の理論と方法」岩波書店.


〇株式会社NEXER,「【ポイ捨てをする人の8割は、ポイ捨てされている状況が不快!?】『ゴミ』についてのアンケート」, (https://www.value-press.com/pressrelease/221949).


〇鳥取県琴浦町ホームぺージ, 「不法投棄・ポイ捨ては犯罪です」, (https://www.town.kotoura.tottori.jp/).



BYEゴミプロジェクト役員

小野 佑真

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